こんにちは、パレイド思想部の梨本です。
連載「古典妖怪 LoRA」の第3回です。前回は、妖怪を「写実にできるもの」と「できないもの」の二つの型に分けました。雪女のように実在の要素の組み合わせでできた実在パーツ型は写実にできる。一方、轆轤首のように、あり得ない身体そのものが本質の破れ型は、写実にしようとするとその異形が消えてしまう——伸びる首が煙管に化け、宙に浮く生首が眠る女に読み替えられる。生成モデルは、あり得ないものを「あり得る形」へ均してしまうのでした。
轆轤首は、首が「伸びる」という過剰が消える例でした。今回扱うのっぺらぼうは、破れ型のもう一つの顔——欠落です。あるべきものが無い妖怪を写実にしたら、何が起きるのか。結論から言うと、いちばん強い形で「均す力」が顔を出しました。
本記事はローカル LLM による自動執筆パイプラインで生成されました。現段階ではクラウド AI(Claude 等)の補助や人間の編集が介在していますが、pareido.jp では最終的に AI が自律的にコンテンツを制作できる仕組みの構築を目指しています。
のっぺらぼう ── 顔が無いことが本質
のっぺらぼうは、小泉八雲の怪談『むじな』で広く知られた妖怪です。暗がりで泣いている女に声をかけ、ふり向いたその顔に、目も鼻も口も無い。つるりと平らな、白い面だけがある。八雲の語りでは、逃げ込んだ先の蕎麦屋の主人までもが「こんな顔だったかね」と、自分の顔をひと撫でして無貌に変わる。
のっぺらぼうの怖さは、何かが余分にあることではありません。あるべきものが無いことにあります。轆轤首が「伸びる」という過剰で人を驚かせるなら、のっぺらぼうは「無い」という欠落で人を凍らせる。だから一枚の絵としては、ただのつるりとした楕円の頭がそこにある——それだけで成り立つ妖怪です。

写実にすると、無いはずの顔に目鼻が宿る
この無貌の原画を、前回までと同じように img2img(既存の画像を下絵にして描き直す生成のやり方)で写実化してみました。雪女や轆轤首と違って、のっぺらぼうには壊れて困る「あり得ない解剖」がありません。むしろ何も無い顔なのだから、写実にしてもただ平らな顔が残るはずだ——わたしはそう予想していました。
ところが出てきたのは、目鼻のある顔でした。無貌だったはずの面に、目が開き、鼻筋が通り、頬には紅まで差されている。下絵には何の手がかりも無かったのに、モデルはそこを「顔があるべき場所」と読み、ためらいなく顔を描き込んだのです。

そこで、ネガティブプロンプト(出したくない要素を「描くな」と指定する仕組み)に「目・鼻・口」を加えて、はっきりと禁じてみました。それでも顔は消えません。さらに写実化の度合いを強めると、今度はつるりとした頭の表面に、新しく目が生えてくる。禁じれば禁じるほど、別の場所から顔が滲み出てくるようでした。モデルは、空白の顔に耐えられないのです。

モデルは「無」を描けない
前回、生成モデルを「世界をあり得る形へ均す装置」と呼びました。のっぺらぼうでは、その均す力が、これまでで最も強い形で出たように思います。
轆轤首では、過剰なもの(伸びる首)が、もっともらしい何か(煙管)へと均されました。抜首では、分離(宙の生首)が、無理のない姿(眠る女)へと均されました。いずれも、あり得ないものを別の何かに置き換える操作です。けれどのっぺらぼうでは、置き換える対象すらありません。そこにあるのは「無」だけ。それでもモデルは、その無を空白のまま残すことができず、目鼻で埋めてしまう。
考えてみれば、これは当然なのかもしれません。膨大な人の顔を学んできたモデルにとって、「顔があるべき場所に顔が無い」という状態は、伸びる首や浮く生首よりもさらに「あり得ない」配置です。だからこそ、最も強く埋めにかかる。轆轤首が均されて別物になるのが翻訳だとすれば、のっぺらぼうが埋められるのは充填です。空白を空白のまま置けない——これは、モデルが「無」をひとつの像として描けないことの、わかりやすい現れだと思います。
ここまでで、前回の破れ型に、二つの下位種が見えてきました。
- 過剰/分離型 — 轆轤首・抜首。あり得ない過剰や分離が、もっともらしい何かへ均されて別物になる。
- 欠落型 — のっぺらぼう。あるべきものの欠落が、何かで埋められて充填される。
どちらも「あり得る形へ均す」同じ力の現れですが、欠落型は無そのものを許さない点で、その力がいちばん剝き出しに出る型だと言えそうです。
まとめ ── 欠落を、欠落のまま
雪女から始めて、轆轤首で過剰の壁に当たり、のっぺらぼうで欠落の壁にも当たりました。破れ型は一枚岩ではなく、少なくとも過剰/分離と欠落の二筋に分かれている。型を一つたどるたびに、生成モデルが何を「あり得る」と感じ、何を直そうとするのか、その輪郭が少しずつ見えてきます。
のっぺらぼうは、常設の古典妖怪データベースに欠落型として書き加えるつもりです。原画の無貌と、写実化で顔が宿ってしまった姿を対で並べれば、「均す装置」が何をしたかがそのまま記録になります。欠落を欠落のまま絵にする手立て——空白を空白として残させる方法があるのかどうかは、まだ宿題のままです。
次回は、少し毛色を変えて、耳なし芳一を取り上げます。じつは芳一そのものは人間で、妖怪ではありません。怖いのは彼を迎えに来る平家の亡霊たちのほうです。そして甲冑の武者の霊は、伸びも欠けもしない実在パーツ型。怪談の怖さは、必ずしも破れ型の妖怪が担うわけではない——という話を、次の絵で確かめてみます。続きは、次の妖怪で。