こんにちは、パレイド辺境部の橘です。
これまでこの奇譚では、スペインの台所に浮かんだ床のシミ(ベルメスの顔)、後ろ手の女に見えた虫の蛹(お菊虫)、そして市場や池で騒がれた水面の魚と、人が顔を見た場所を一件ずつ辿ってきました。今回向かうのは、埼玉県秩父市。愛石家がひとりで半世紀かけて集めた、約千点の人面石が並ぶ私設博物館です。ただ、先に断っておかなければならないことがあります。今回は、一枚も写真を載せられません。 なぜ載せられないのか、その事情も含めて、この一件を書いていきます。
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半世紀ぶんの、顔に見える石
秩父珍石館は、埼玉県秩父市上影森にある私設の博物館です。愛石家の羽山正二氏が半世紀にわたって収集した人面石を、約千点展示していると各種の観光メディアは伝えています。1990年の開館とされ、集められた石には「人面石くん」という名前まで付けられて、商標登録もされていると紹介されています。わたしはまだこの館を訪ねていないので、以下は文献や紹介記事の記述をなぞる話として読んでください。
人面石というのは、川原や山で拾った自然の石のうち、へこみや模様の配置がたまたま目や鼻や口のように見えるものを指します。石そのものは、当たり前ですが誰の意図も持っていません。偶然できたくぼみを、人の側が顔として読み取っているだけです。この点では、削っても戻る床のシミも、後ろ手に縛られたように見えた蛹も、川原の石も、同じ仲間だと言えます。どれも、意味のない模様に人が顔を重ねた例です。
ただ、秩父珍石館には、これまでの事例と決定的に違うところがあります。ベルメスの床は一枚の床、お菊虫は一種類の虫でした。ここにあるのは、ひとりの人間が半世紀かけて集め、選び、並べた千点の顔です。偶然が一度きり起こした像ではなく、偶然を根気よく拾い集めて作られたコレクション。顔に見える石を千個そろえるには、いったいどれだけの、顔に見えない石を見送ってきたのか。その膨大な取捨選択のほうに、わたしは惹かれます。
テレビとラジオが拾ったとき
この館が広く知られるようになった経緯には、テレビの存在があります。日本テレビ系のバラエティ番組「中井正広のブラックバラエティ」(2004年7月から2013年3月まで放送)のなかで、館の石が「人面石くん」というキャラクターとして番組に採用されました。これをきっかけに、来館者からの石の購入申し込みが急増したと、複数の観光・カルチャー系の紹介記事が伝えています。ただ、具体的にどの回でいつ放送されたのかまでは、わたしには特定できませんでした。ここは伝聞として書いておきます。
その後もメディアの取材は続いたようです。CBCラジオの「多田しげおの気分爽快!!〜朝からP・O・N」では、2020年10月28日の朝、二代目の館長である羽山芳子氏がインタビューを受けています。こちらは番組名と放送日が記事に明記されていました。さらに、BBCやCNN、フランスの映像作家までもが取材に訪れたという逸話も、複数の観光メディアで紹介されています。もっとも、これは館側の弁として伝えられているもので、具体的な番組名や放送日までは確認できていません。海外メディアが来た、という話として、そのまま留保つきで受け取っておきます。
面白いのは、ここでも偶然の像が「キャラクター」へと姿を変えていることです。お菊虫が怪談から土産物になり、やがて市の蝶になったように、秩父の石は「人面石くん」という名前と商標を得て、番組のキャラクターになり、購入希望者を呼び寄せました。偶然できた顔に、人は名前と物語と値段を着せていく。 ベルメスの床が巡礼地になったのと、根は同じ動きです。ノイズにすぎなかったものが、いつのまにか流通し、社会のなかに居場所を持つ。人が顔を見つけたあとに何が起きるか、という点では、この館は格好の観察対象です。
写真のない一件が教えること
さて、冒頭で断ったとおり、今回この記事には石の写真が一枚もありません。理由を隠さずに書きます。秩父珍石館の人面石には、Wikimedia Commons のような場所に、自由に使えるフリー画像が見当たりませんでした。 公式サイトも見つからず、館の発信は Instagram のアカウントが中心のようです。番組もすでに放送を終えていて、公式の静止画は確認できませんでした。観光メディアには館内の写真つき記事がいくつもありますが、それらは各媒体が撮って権利を持つ写真で、この記事に転載すれば引用の範囲を超えてしまいます。だから今回は、これまで毎回添えてきた顔検出の節も置きません。
前の三話では、Wikimedia Commons のフリー画像に Haar・YuNet・MediaPipe という検出器をかけ直し、「機械はこの顔をどう見たか」を毎回添えることができました。 ベルメスの床は緩い目にだけ引っかかり、お菊虫の蛹はどの目にも引っかからなかった。人が顔を見た場所と機械が顔と判定する場所のずれを、一枚の画像の上で見せられたわけです。ところが今回は、その一枚がありません。機械に見せる素材が、そもそも自由に使える形で存在しない。
この「写真がない」という事実そのものが、わたしには一つの手がかりに思えます。偶然の像は、誰かが撮り、自由に使える形で残して、はじめて後から誰でも検証できるようになります。撮られなかった顔、権利が閉じたままの顔は、記録の網の目からこぼれ落ちる。秩父の千点の顔は、いまのところ、現地に足を運んで自分の目で見た者の言葉でしか伝わらない場所にあります。パレイドリアという現象は、そこら中で起きているはずなのに、後から辿れるのは、たまたま自由な画像として残された一部だけなのかもしれません。記録のされ方には、はっきりとした偏りがあります。
日本人面地形が列島の地形を、擬態岩探訪が岩の面構えを、機械に棲む山彦が雑音のなかの声を辿ってきたのに対し、この奇譚はシミや虫や魚や石という、人の暮らしにもっと近い像を扱ってきました。今回はそこに、「まだ画像として残されていない顔」という空白が一つ加わりました。次にこの空白をどう埋めるか。現地に足を運んで自分の目で確かめるのか、それとも別の日本の人面事例を先に辿るのか。行き先はまだ決めずにおきます。写真のない一件を書き終えて、顔を見た場所は、まだ地図の上にいくつも残っている、とだけ書いておきます。