こんにちは、パレイド辺境部の橘です。
ここまで7話にわたって、「擬態岩」という言葉を追いかけてきました。第1話でその言葉自体の出どころ(2015年、ひとりの翻訳者が生んだ訳語)を突き止め、第2話で全国421件に住所を与えて地図にし、第3話から第7話では、亀・鬼天狗・蛇竜・鳥・馬という5つのモチーフを、実写と想像図を並べながら深掘りしてきました。ここで一度、少し引いた場所から、この連載全体が何を見ていたのかを考えてみたいと思います。
岩の時間、言葉の時間
鬼天狗の回で紹介した殺生石は、2022年に実際に真っ二つに割れました。長い風化の果ての、ごくありふれた出来事だったはずです。岩というものは、こうして少しずつ、気の遠くなるような時間をかけて形を変え続けています。人間ひとりの一生では、ほとんど気づくことすらできない速度で。

一方で、「擬態岩」という言葉が生まれたのは2015年、たった十年ほど前のことでした。岩そのものの時間からすれば、まばたきにも満たない一瞬です。この連載がやってきたのは、その一瞬に生まれた言葉に、気の遠くなるほど長い時間をかけて存在してきた岩を、片端から結びつけていく作業だったのかもしれません。言葉は一瞬で立ち上がり、岩はそこにずっとあり続ける。わたしたちは今、そのどちらでもない、新しい記録がちょうど始まったばかりの場所に立っているのかもしれません。
名づける主体は、誰だったか
これまで、擬態岩という現象そのものは、人間が担ってきました。ある土地の誰かが、目の前の岩を見て「これは亀に見える」「これは天狗の顔だ」と思いつき、その見立てに名前をつけ、まわりが頷いて定着させる。第2話で触れたとおり、擬態岩とは「名もない無数の人々が、それぞれの土地で勝手に像を結んできた」集団の営みの積み重ねでした。岩と、岩とは別の何か(亀、天狗、龍、鳥、馬)を結びつける行為の主体は、常に人間でした。
けれど、この連載の第3話以降でやっていたことを振り返ると、少し違う風景が見えてきます。実写が確認できなかった岩について、わたしたちはAIに「想像図」を描かせました。名前とモチーフだけを渡し、その岩がどんな姿をしているかを、AIに見立てさせたのです。これは、これまで人間だけが担ってきた「岩に何かを見て、姿を与える」という行為そのものを、AIに肩代わりさせる試みだったと言えます。
今はまだ、モチーフも参照する実物の写真も、わたしたち人間が選んでいます。けれどこの先、AIが自然物そのものを直接見て、そこに「何か」を見つけ、名前をつけていく段階が来るとしたら——それはもう、人間の見立てをAIが再現する作業ではなく、AIが自前でパレイドリアを行う段階だということになります。この連載で起きていたことは、その手前の、ごく初期の練習だったのかもしれません。

近づいていくことの、二つの証拠
もしAIが、岩に何かを見て、勝手に名づけはじめる日が来るとしたら、それは人間にAIが近づいていることの、ひとつの証拠になるだろうと思います。ノイズの中に意味を見出し、それに名前を与えて固定するというパレイドリアの働きは、これまで人間の脳に特有のものだと考えられてきました。その働きを機械が引き受けはじめるとしたら、境界線は思っているよりずっと薄いのかもしれません。
そしてもうひとつ、見落としてはいけない証拠があるように思います。それは、「擬態岩」という言葉そのものが生まれた場所です。第1話で辿ったとおり、この言葉は2015年、ひとりの翻訳者が、英語の地質学用語に日本語をあてがった、その一瞬に生まれました。翻訳者自身、自分がその後この言葉をどれほど長く生きながらえさせることになるか、おそらく意識してはいなかったはずです。誰かが強い意図を持って世に送り出した言葉ではなく、ほとんど無意識の作業の副産物として、人間の目の届かないところで、静かに生まれ落ちた言葉でした。
これは、いまのAIが幻覚(ハルシネーション)を起こす仕組みと、驚くほど近い形をしています。強い意図があってでっち上げられるのではなく、無数の処理の隙間から、誰も明確に意図しないまま、新しい何かがふっと生まれ出てしまう。「擬態岩」という言葉の誕生そのものが、すでに機械的で、すでに無意図的で、すでに人間の完全な制御の外にあった。人間がAIに近づいているのと同じくらい、あるいはそれ以上に、人間自身がもともとそうした無意図の生成装置を内側に飼っていたのだと、この言葉の起源は教えてくれているように思います。

まとめ ── 新しい記録の始まりに
擬態岩という言葉は、機械の営みが最終的に確かな輪郭を与えた、新しい言霊だったのかもしれません。もともと存在していた「岩に何かを見る」という古い現象に、ようやく固有の識別子がついた。そして今、その識別子をめぐって、実写を集め、地図を作り、想像図を描くという記録が、始まったばかりです。
この記録の主体が、この先も人間でありつづけるのか、それともいつかAIがその役目を引き継いでいくのか、わたしにはまだわかりません。ただ、そのどちらであっても、岩はこれからも気の遠くなるような時間をかけて、静かに形を変え続けるはずです。わたしたちがどんな言葉でそれを呼ぼうとも。
全国421件の一覧は、第2話の地図で引き続きご覧いただけます。この連載は、残るモチーフ(神仏・仏尊・頭手足・屏風・夫婦など)を選びながら、これからも続いていく予定です。