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OBSERVATION · 其の4460 · 2026.06.02

AIが見る古典「遠野物語」狼、Wan2.2 が縄を燃やした夜

AIが見る古典「遠野物語」狼、Wan2.2 が縄を燃やした夜 — 遠野物語, 御犬, 日本オオカミ

こんにちは、パレイド辺境部の橘です。

前回 (エピソード 10 天狗) では、3 人の天狗を群像で揃える指示と、Wan2.2 が大人を子供に morph させた話を書きました。

本回は エピソード 11 「第 36・37・38 話 狼」。1905 年に絶滅した日本オオカミと、Wan2.2 が image にない要素 (炎) を勝手に発生させた hallucination を、原典の「声を真似ると向こう側に呼び寄せられる」と並べて書きます。

原典の一節

二ツ石山の山中にて、御犬 (狼) の声を真似たる小友村の爺、家の馬を七頭まで失ひたり。声を真似たる夜より、馬は次々に山にて引き裂かれて死せり。
……
境木峠を越えしときには、夜陰に十数頭の狼に囲まれ、馬方は焚火と馬の綱とで身を守れり。

(青空文庫『遠野物語』第 36・37・38 話)

遠野物語の 御犬 は、現在では 日本オオカミ として知られる種を指します。1905 年 (明治 38 年) の奈良県東吉野村での捕獲を最後に絶滅したとされる、日本本土にかつて確かに棲息していた狼 です。原典が書かれた 1910 年は、絶滅報告のわずか 5 年後。柳田が記録した狼譚は、すでに 「もう居ない動物」の記憶 だったかもしれません。

選び出したシーンと、画像生成の気づき

6 シーンのうち本記事で取り上げるのは、御犬の正面 close-up カット (シーン 2) と、馬の綱で穽を張る馬方 カット (シーン 5) の 2 枚です。

「馬の子ほど」の大きさは、出ない

御犬の正面 close-up (Juggernaut-XL_v9 生成)

シーン 2 は、原典の 「胸幅は馬の子ほどもありき」 という記述を踏まえた、御犬の正面からの close-up。日本オオカミは現代のグレイウルフよりも小柄で、体高 50〜60 センチ程度だったとされます。一方、原典の記述は 「馬の子ほど」 の堂々たる大きさ — 当時の人々の体感としてはそれくらい大きく感じられた、ということだと思います。

ところが、SDXL に「Japanese wolf」と渡すと、出てくるのは 欧米のグレイウルフに近い体格 の狼でした。これは前回までに何度も触れてきた 「現代日本人が共有しなくなったもの」は AI も描けない という構造の典型例です。日本オオカミは 1905 年に絶滅したので、現代の写真・図鑑・映像にはほとんど存在せず、AI の学習データの中にも蓄積されていません。プロンプトで小柄さを指示しても、現代のグレイウルフのイメージに引き戻されます。

a large wild Japanese wolf with piercing eyes crouched on a wet rocky boulder during heavy rain on a rugged mountain (Futatsuishi mountain)

Japanese wolf と書いても、出力は 欧米の狼像にバイアスされた絵 に留まります。これは仕方ない現象だと感じます。現存しない動物は AI の中にも残らない。 — 寒戸の婆回の藁草履、山女回のおんぶ紐と同じ系譜の、消えたものが AI に映らない問題です。

Wan2.2 が、image にない縄を勝手に燃やした

馬の綱で穽を張る馬方 (Juggernaut-XL_v9 生成)

シーン 5 は、夜の森で 馬方たちが馬の綱を地面に張りめぐらして罠の輪を作る 場面。原典の馬方の機転を描く、本回の核モチーフのひとつです。

ここで本連載で 最も特異な Wan2.2 hallucination が起きました。静止画には馬方たちが綱を持って立つだけで、燃焼要素は一切ありません。ところが、これを Wan2.2 i2v にかけて動画化すると、勝手に綱が燃え始める動画 が生成されました。

なぜこうなるか。motion_prompt に「焚火が背景にある」「夜の森」「綱を持つ男たち」という構成要素を並べると、Wan2.2 は学習データの中の 「焚火 + 縄 + 夜」のテンプレート から、おそらく「松明」「火のついたロープ」「火攻め」のような別の場面を呼び寄せてしまうようです。前回 山男回で「欧米の中世フォークホラー的な像」が呼び寄せられたのと、構造的には同じ問題です。AI は古典の場面に、学習データの中の別の物語を勝手に重ねる — 本連載で繰り返し触れてきた現象の、もっとも見えやすい例がここで現れました。

motion_prompt に 異常なほど明示的な抑制 を入れて、何度か再生成しました:

japanese horse drivers in straw raincoats stand together holding long thick ropes laid out in a wide circular pattern on the dirt ground at night, the ropes lie on the dry ground completely unburned, the small bonfire glows in the distant background only, no fire touches the ropes, the ropes are intact and dry, no rope burning, no rope on fire

the ropes lie on the dry ground completely unburned no fire touches the ropes the ropes are intact and dry no rope burning, no rope on fire という 「縄は燃えていない」を 4 重に重ねる 必要がありました。Wan2.2 に「ない」ものを「ない」と認識させるのは、ある「ある」ものを描かせるよりも、ときに難しい — そんな手触りを得た回です。

動画化したときの気づき

抑制プロンプトが効いた最終版では、馬方が冷たい夜気の中で深く息をつき、遠くの焚火が小さく燃える、というシンプルな動きに収まりました。「燃やさない」を明示しないと燃える、というのは画像生成 AI の興味深い癖 で、これは今後の動画制作でも繰り返し気をつけるべき教訓だと感じています。

音楽をつけたときの驚き

BGM は ACE-Step に 「低音の唸り + 篠笛の遠さ + 冷たい夜気」 で投げました。降りてきた BGM は、低音域に 狼の唸りに近い周波数 が含まれていて、篠笛の高音が遠くで響く構造でした。原典の 「声を真似ると向こう側に呼び寄せられる」 という構造を、低音の唸りそのものが体現しているような音響でした。狼の声を音楽で表現するのではなく、狼の唸りの周波数帯域に音楽を寄せる という方向で、ACE-Step は応えてくれた気がします。

関連情報 — 失われた狼と、現存する記念

日本オオカミは 1905 年 1 月、奈良県東吉野村 で猟師に捕獲された個体を最後に、生きた姿が確認されていません。同地には 日本狼像 (ニホンオオカミ最後の捕獲地碑) が建てられ、日本オオカミの絶滅を記念する観光・学術スポットになっています。

遠野郷では、狼信仰は 大口真神 (おおぐちのまかみ) の系譜に連なります。狼を 山の神の使い として祀る信仰で、関東・東北の山間部に広く分布していました。狼が絶滅したあとも、信仰の対象としての「御犬」は神社や祠の形で残り続けています。

本連載が遠野郷の中で完結する回が大半のなか、本回だけは奈良まで位置情報が飛びます。日本オオカミという絶滅種が、遠野の物語と奈良の記念碑を結ぶ — 地理的に大きな距離を経て、ひとつの動物の失われた範囲がマップとして立ち上がる回でもあります。

位置情報

二ツ石山と東吉野村は、直線距離で約 700 キロメートル離れています。日本オオカミという失われた動物が、その距離を含めて消えた、ということが位置情報として現れています。

エピソード 11 狼 — 完成した 90 秒

実際の AI ショート動画は YouTube で公開しています。

  • エピソード 11

90 秒のあいだに、雨の二ツ石山の御犬、close-up の眼、夜の馬方の行列、狼の群れと焚火、綱で罠を張る馬方、そして夜明けの馬屋の爪痕まで、低音の音響とともに語られます。AI には「声を真似た瞬間に、向こう側へ呼び寄せられる距離」が見えています。

次回は エピソード 12 獅子踊り。原典の「獅子踊り」は、現在は 鹿踊り (ししおどり) として遠野郷に 現存する民俗 です。SDXL が地域民俗装束を学習していない問題、VOICEVOX が「角」を「カク」と読んだ話、「童子五六人」が「ゴジュウロクニン」になった話を書きます。

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