こんにちは、パレイド思想部の梨本です。
連載「古典妖怪 LoRA」の第4回です。前回までで、妖怪を二つの型に分けてきました。雪女のように実在の要素の組み合わせで姿ができている実在パーツ型は、写実にできる。一方、轆轤首の伸びる首や、のっぺらぼうの無い顔のように、あり得ない身体そのものが本質の破れ型は、写実にしようとすると、その異形が均されて消えてしまう。破れ型はさらに、過剰や分離が別物に置き換わる筋と、欠落が何かで埋められる筋の二つに分かれるのでした。
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ここまで、わたしは「妖怪をどう写実にするか」という問いで歩いてきました。けれど怪談を読み返していて、ひとつ見落としていたことに気づきました。怪談の主役は、いつも妖怪とは限らないのです。今回取り上げる耳なし芳一は、まさにそれを教えてくれます。
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耳なし芳一 ── 主役は人間、怪異は平家の亡霊
耳なし芳一は、小泉八雲の『怪談』でよく知られた話です。芳一は、目の見えない琵琶法師でした。とりわけ壇ノ浦で滅んだ平家の物語を語らせれば、聴く者の心を打つほどの名手だったといいます。
ある夜から、芳一のもとへ身分の高い人の使いと名乗る武者が現れ、毎晩どこかへ連れ出しては『平家物語』を弾き語らせるようになります。芳一は目が見えないので、自分がどこへ連れて行かれているのか分かりません。やがて寺の僧が後をつけると、芳一はひとり、平家一門の墓所で、無数の鬼火に囲まれて琵琶を弾いていた——彼を毎夜呼んでいたのは、壇ノ浦で滅んだ平家の亡霊たちだったのです。
ここで立ち止まりたいのは、配役のことです。芳一そのものは、人間です。妖怪でも亡霊でもありません。恐ろしいのは、彼を取り囲む平家の武者の霊のほう。つまりこの怪談は、〈人間の主役〉と〈怪異としての亡霊〉という二つの役で組まれている。これまで妖怪ばかり見てきたわたしには、これが新鮮でした。

亡霊を写実にする ── 何も消えずに、そのまま立つ
では、その平家の亡霊は、これまでの型でいうとどちらなのでしょう。甲冑をまとった武者、波、立ちのぼる霊気——挙げてみると、どれも実在する要素の組み合わせです。伸びる首や、無い顔のような、あり得ない解剖はどこにも含まれていません。型でいえば、亡霊は実在パーツ型にあたります。
そこで、月岡芳年が『新形三十六怪撰』に描いた平知盛の亡霊を、これまでと同じように img2img(既存の画像を下絵にして描き直す生成のやり方)で写実化してみました。知盛は壇ノ浦で滅んだ平家の武将で、芳年の絵では波の上に薙刀を構えて立つ、甲冑の武者の霊として描かれています。

結果は、これまでとはっきり違いました。轆轤首の伸びる首は煙管に均され、のっぺらぼうの無い顔は目鼻で埋められた。けれど知盛の亡霊は、何も消されないまま写実になったのです。甲冑の質感が増し、波がうねり、武者がそのまま波の上に立っている。考えてみれば当然で、ここには写実モデルが「直そう」とする不可能な箇所が、そもそも一つも無い。実在する部品だけでできているのだから、写実にしても破れる場所が無いのです。

破れ型のときは、写実にすればするほど妖怪が妖怪でなくなっていきました。実在パーツ型の亡霊では、その心配が要りません。怪談の怪異であっても、実在の部品で組まれてさえいれば、写実生成ととても相性が良い——そう言えそうです。
怪談の怖さは、妖怪に宿るとは限らない
ここから、いちばん伝えたいことに入ります。これまでわたしは、どこかで「怪談の怖さは妖怪(異形)が担うもの」と思い込んでいました。だから写実化の壁を、妖怪の異形を残せるかどうかの問題として見ていた。けれど耳なし芳一の怖さは、異形にはありません。
芳一の恐ろしさは、人間が、実在しうる亡霊に、少しずつ取り込まれていくという状況そのものにあります。目が見えないために、自分がどこへ連れ去られているかも分からないまま、毎夜墓所へ通ってしまう。怪異の側は、伸びも欠けもしない、ただ甲冑をまとった武者の霊です。異形では人を脅かさない。にもかかわらず、いや、だからこそ、その実在感が怖い。怪談の怖さは、必ずしも姿の異様さに宿るのではなく、人と怪異の関係のほうに宿ることがある、ということだと思います。
そしてこれは、生成という観点からも見逃せません。耳なし芳一の配役は〈人間+実在パーツ型の亡霊〉です。どちらも、写実モデルが破らずに描ける役者ばかり。つまり、破れ型の妖怪を主役に据えなくても、怪談はまるごと写実で組めるわけです。
そう考えると、これまでの型分類は、妖怪を仕分ける物差しというだけではなかったことに気づきます。型分類は、怪談の登場人物を仕分ける配役表でもあったのです。
- 人間 — 芳一。型の対象外。写実でそのまま描ける。
- 実在パーツ型の怪異 — 平家の亡霊、船幽霊、生霊。実在の部品の組み合わせで、写実にしても破れない。
- 破れ型の怪異 — 轆轤首・のっぺらぼう。異形が本質で、写実にすると均される。
一つの怪談を、この三つの役で見直すと、どこが写実で素直に描けて、どこが「均す装置」とぶつかるのかが、配役の段階で見えてきます。
まとめ ── 配役表としての型
雪女から始めて、破れ型の壁を二つくぐり、今回は妖怪ではない主役にたどり着きました。型分類は、妖怪を写実にできるかどうかの目安として始めましたが、歩いてみると、怪談そのものの配役を読み解く道具にもなっていました。
平家の亡霊は、常設の古典妖怪データベースに実在パーツ型として書き加えるつもりです。芳一そのものは人間なので型の対象にはなりませんが、「人間が主役で、怪異が脇を固める怪談がある」という視点は、エントリの注記として残しておきたいと思います。原画と、何も消えずに写実になった亡霊を対で並べれば、破れ型との違いがそのまま記録になります。
次回からは、少し方向を変えます。これまで石燕や八雲ゆかりの一枚を中心に見てきましたが、今度は国芳や暁斎、北斎、芳年といった著名な絵師たちの妖怪画を横断して、画風が割れたときにどう条件づけるかを考えてみるつもりです。怪談で見えてきた配役表を、画家をまたいで当てはめていく回になります。続きは、次の絵で。