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OBSERVATION · 其の7144 · 2026.07.20

【パレイドリア奇譚 01】ベルメスの顔 ── 消しても消しても浮かぶ床のシミ

【パレイドリア奇譚 01】ベルメスの顔 ── 消しても消しても浮かぶ床のシミ — パレイドリア, ベルメスの顔, 消しても浮かぶ

こんにちは、パレイド辺境部の橘です。

これまでこの部では、いろいろな場所に「顔」を探してきました。日本人面地形では列島の地形をなぞり、擬態岩探訪では岩の面構えを追い、機械に棲む山彦では雑音に声を聞くAIを眺めてきました。どれも、人が「顔だ」「声だ」と感じてしまう瞬間を、技術の側からもう一度辿り直す試みです。

今回から始める「パレイドリア奇譚」は、その視点を、もう一歩だけ人の暮らしの中へ持ち込みます。扱うのは、人が実際に「顔だ」と騒ぎ、ときに信仰や商売や係争にまで発展した実例です。自然の地形や岩ではなく、台所の床や、虫の蛹や、市場に並ぶ魚。人の手の届く距離で起きた出来事を、一件ずつ辿っていきます。第1話は、床のシミの話から始めます。スペインの、ベルメスの顔と呼ばれる出来事です。

本記事はローカル LLM による自動執筆パイプラインで生成されました。現段階ではクラウド AI(Claude 等)の補助や人間の編集が介在していますが、pareido.jp では最終的に AI が自律的にコンテンツを制作できる仕組みの構築を目指しています。

台所の床に、顔が浮かんだ

1971年8月23日、スペイン南部ハエン県の小さな村、ベルメス・デ・ラ・モラレーダ。カレ・レアル5番地の家の台所で、マリア・ゴメス・カマラという夫人が、コンクリートの床に浮かんだ顔のようなシミに気づいた——と、英語版・日本語版のWikipediaやDiscovery UKの記事は伝えています。わたしはその現場を見たわけではないので、以下はすべて、こうした文献の記述をなぞる話として読んでください。

Visita Provincia JaénCaras de Bélmez (Bélmez de la Moraleda) – Visita Provincia JaénBelmez es conocido a nivel nacional e incluso internacional por el fenómeno parapsicológico de la aparición de las caras. Este fenómeno se …visitarprovinciajaen.com

驚いた家族は、そのシミを削り取りました。夫のフアン・ペレイラと息子のミゲルが、床の一部を壊して塗り直したとされます。ところが、しばらくすると、同じ場所にまた顔が浮かびました。消しても、消しても、浮かぶ。輪郭は少しずつ姿を変え、目や口の位置がずれ、表情までも移り変わっていったと伝えられます。ひとつの顔が居座り続けたのではなく、床そのものが顔を描き直しているように見えた、というのが、この話のいちばん不気味なところかもしれません。

噂は村を越えて広がり、家は「顔の家(la casa de las caras)」と呼ばれるようになります。噂はすぐに村を越えて広がりました。事件を報じた1971年9月16日付の『Ideal』は、すでに近隣の町から見物ツアーが組まれ、家には人が絶えず訪れ、写真販売まで始まっていたと伝えています。床のシミひとつが、わずか数週間で巡礼めいた人の流れを生んだのです。パレイドリアという言葉で片づけてしまえば一言ですが、そこで起きたのは、ただ「顔に見える」だけでは説明のつかない、村ぐるみの出来事でした。人は顔を見つけると、その顔に理由を与えたくなる。ベルメスの床は、その欲求を半世紀にわたって引き受けてきた場所だと言えるのかもしれません。

https://riuma.uma.es/xmlui/bitstream/handle/10630/30490/3.4.2_2018_Caras%20de%20Belmez.pdf?sequence=1

念写か、絵の具か ── 二つの見立て

この顔をめぐって、立場は大きく二つに分かれてきました。

一つ目は、超常現象の側からの見立てです。ドイツの超心理学者ハンス・ベンダーと、スペインの超心理学研究者ヘルマン・デ・アルグモサも調査に関わりました。アルグモサは床の像を「テレプラスティア」と呼び、ベンダーはこれを、精神作用が物質上に像を生じさせるとされる「念写」と比較しました。ベンダーはマリア・ゴメスを現象の焦点人物とみなし、超常的な可能性を認める一方、死者の霊によるものと断定することには慎重でした。フィルムに念じた像が写る「念写(thoughtography)」の延長で、床を一種の感光面に見立てる発想だと考えれば、筋は通っています。少なくとも、なぜ顔が繰り返し現れ、表情まで変わるのかを説明しようとする、ひとつの物語ではあります。

www.imagomundi.bizhttps://www.imagomundi.biz/wp-content/uploads/2018/07/Ramiro_Belmez.pdfwww.imagomundi.biz

二つ目は、人為的に作られた像とみる懐疑派の見立てです。1993年、ルイス・ルイス=ノゲスは、スペイン陶磁ガラス研究所が行った成分分析を再検討し、試料から検出された亜鉛・鉛・クロムが塗料にも用いられる元素であることを指摘しました。ただし、その量は少なく、分析だけで塗装を証明できるわけではないとも論じています。ホセ・ルイス・ホルダンは、酸化剤などによってセメントを変色させる方法を候補に挙げ、ラモス・ペレラは赤外線観察から、最初の顔には着色があったと主張しました。さらに2007年、フランシスコ・マニェスとハビエル・カバニージェスは著書で事件全体を捏造と位置づけ、マリアの息子ディエゴを作者と推定しています。いずれも人為説を支える材料ですが、作者が確定したわけではありません。

parapsychology.orghttps://parapsychology.org/wp-content/uploads/2016/10/gomez_ruiz.pdfparapsychology.org

ただし、「塗料による捏造で決着した」とするのも慎重であるべきです。1991年のスペイン陶磁ガラス研究所による分析では、塗料そのものは特定されなかった一方、後に塗料にも使われる亜鉛・鉛・クロムの存在が指摘されました。2014年には、テレビ番組の依頼を受けた化学分析会社Medcoが別の試料を調べ、塗料に結びつく物質は見つからなかったと報告しています。ただし、分析した像や採取位置、手法が同一ではなく、後者は査読を受けた研究でもありません。したがって、これらを単純に相反する実験結果として並べることはできません。

Valencia PlazaMás caras, más duras: Iker Jiménez vuelve al lugar del crimen VALENCIA. No contento con dedicarle dos horas al más que amortizado fenómeno de las caras de Bélmez, Cuarto Milen…valenciaplaza.com

機械はこの床に、何を見たか

日本人面地形や擬態岩探訪で使ってきた顔検出器——Haar、YuNet、MediaPipe——を、そのままこの床の写真に向けてみます。使用したのはWikimedia Commonsに置かれた2006年撮影の写真(CC BY-SA 3.0、File:Cara mujer.JPG)です。人間が顔だと騒いだ場所を、顔の定義がそれぞれ違う三つの機械に見せると、答えはしばしば割れます。その割れ方そのものが、パレイドリアの正体を照らす手がかりになります。

ベルメスの顔(Cara mujer)にHaar/YuNet/MediaPipeをかけた結果。緑=Haar、青=MediaPipe、YuNetは検出なし
画像: Wikimedia Commons (File:Cara mujer.JPG), CC BY-SA 3.0

結果は、三者三様でした。もっとも厳格な目であるYuNetは、この写真のどこにも顔を見つけませんでした。5点の幾何配置で判定するこの検出器にとって、床のシミは顔の要件を満たさなかったということです。局所的な明暗パターンを拾うHaarは一件反応しましたが、その位置は画面の左端、人が「顔だ」と語ってきた模様の本体からは外れた、何の変哲もない床の一角でした(緑の枠)。パレイドリアが実際に起きている場所とは無関係な、いわば見当違いの反応です。

反応らしい反応を示したのは、いちばん緩い目であるMediaPipeでした。低い確信度(0.20)ながら、写真の中央を大きく囲みました(青の枠)。厳格な目は素通りし、緩い目だけがおおまかにその場所を捉える。これは日本人面地形の連載で何度も見てきた構図と同じです。人が顔だと感じる場所と、機械が顔だと判定する場所は、簡単には重なりません。重なるとしても、いちばん基準の緩い検出器がぼんやりと捉える程度です。

機械の反応は、念写説を裏づけるものでも、捏造説を裏づけるものでもありません。ただ、「人が顔だと騒いだ場所」と「機械が顔だと判定する場所」のあいだに、はっきりとしたずれがあることだけは、この一枚が教えてくれます。

それでも、この一件はこの連載の入口にふさわしいと感じます。人が顔を見た場所の正体を辿る——それが、日本人面地形や擬態岩探訪、そして機械に棲む山彦と、この連載を結ぶ一本の線です。山彦が「AIが雑音に声を聞く」側から人の空耳を眺めたのに対し、こちらは「人が床のシミに顔を見た」側から、同じ癖を眺めています。声と顔、耳と目。入口は違っても、意味のないものに意味を読み取ってしまう装置としての人間、という一点で、二つはつながっています。

次回は、舞台を日本に移します。播州皿屋敷のお菊が、虫の姿になって現れたと噂された「お菊虫」の話です。床のシミが顔になったベルメスに対して、あちらは生きものの蛹が、後ろ手に縛られた女の姿に見えた事例です。偶然が描いた顔と、偶然が結んだ人の形。同じ「偶然の像」でも、人がそこに何を重ねたのかは、ずいぶん違います。床から虫へ、ヨーロッパから日本へ。もう一件、顔を見た場所を辿りにいきます。

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